瞳を閉じて
あなたを見つけたその日から、私の毎日は輝きを増した
あなたを好きになったその日から、私は生きる喜びを知った
あなたを愛したその日から、私は生まれた意味を知った
あなたは私の全て
あなたは私の生きる理由
☆ ☆ ☆
まだ暑さも抜けぬ9月の事だった
私は校舎の外で天気が悪くなっていくのを眺めていた
急に真っ暗になったと思ったら、有り得ない程の大雨が私を直撃した
あまりの出来事に、私は呆然とした
しかしそこは屋根もない所
見る見るうちに冷たく、水分を含んで重くなる制服を見て、我に返った
すぐ近くの通用口に入った
そこが何処かなど、その時の私にはあまり関係なかった
まだ週の半ばだというのに、制服をこんなにしてしまった事への後悔で頭がいっぱいだった
「うぁ、すっごいやん…。こりゃ、今日の練習は室内かな…」
すぐ後で聞きなれない方言が聞えた
振り返った私を見て、その方言の主と思われる人物は驚いた表情を見せた
「ちょっ…ジブン、ずぶ濡れやん!大丈夫か?」
「…あ、はい…」
周囲には誰もいなかったし、それは確実に私のことを言っていたのだろう
それが彼に初めて会った日だった
☆ ☆ ☆
中学生にしては随分と高い身長を、私は少し見上げる形になった
肩に掛けた大きな鞄
今時にしたら少し珍しい丸い眼鏡をかけている
しかしとても整った顔立ちだ
「ほら、これ使い」
そう言って大きめのタオルを差し出してくれた
「返さんで良ぇし。それ、あげるわ。要らんかったら、ほかしといて」
笑顔で言うと、彼は走って外へ飛び出してしまった
「あっ…!ちょっ…と…」
呼び止めようとした言葉も、彼には届いていないだろう
私は渡されたタオルをどのように扱えば良いのか、そんな事ばかりを考えていた
☆ ☆ ☆
「えぇ?!忍足君を知らないの?!!」
教室中に響くほど大きな声を友達があげた
「ちょっと…声大きすぎ…」
昨日の出来事を話し、タオルを渡してくれた主を探そうと思ったのだ
流石にそのままでもいけないし、何よりももう1度会ってみたかった
そうしたら、その主は私が思っているよりも有名人らしい
「忍足君って、あのテニス部の?」
他の友達まで興味津々で会話に入ってきた
どうりで昨日あんなに大きな鞄を持っていたのかと思う
あの中にはきっとラケットが入っていたのだろう
「しかしアンタもラッキー極まりないね!そのタオル、貰っちゃったら?!」
ニタニタといやらしい笑顔を向ける友達
どうやら昨日の彼こと、忍足侑士(というらしい)は、アイドルか何かのような扱いを受けているみたいだ
基本的に校内の事に関して無頓着な私は、テニス部員の人気たるものを知らない
勿論、部長の名前すら知らないのだ
しかも私達と同じ2年生らしい
タオルを返したいというのは変わらなかったが、人気者という事実に少し気がひけた
☆ ☆ ☆
取り立てて目立つことも無い、平凡な人生を歩んできた
お金持ちの家の子達が通う学校
そんな学校に入ったものの、さしてその自覚も無く
親には感謝しているが、私には何だか華美すぎる
勿論友達は良い子ばかりだし、学校生活も嫌いではない
しかし目立つことの苦手な私は、人気者だと言われる忍足君の傍に行くことすら躊躇われた
勇気を振り絞り、友達に教えてもらった忍足君のクラスへ行く
思っていたより、本人は大人しく教室に馴染んでいた
窓際で本を読んでいる様子だった
邪魔をしてしまうかも
そう思ったが、この機会を逃せば、もう一生渡せない気がした
仕方なく声を出す
「あの…忍足君…」
私の声に皆がコチラを向く
しかし本人は気付かない
「侑士、呼ばれてるよ」
可愛らしい女の子が忍足君に近寄って、そう告げた
彼女なのかな
そう思うと何故だか息が苦しかった
☆ ☆ ☆
「そんな、わざわざ良かったのに」
タオルを渡すと、忍足君はそう言った
「迷惑だったかな…?」
名前も知らない奴にクラスまで押しかけられて
ストーカーだと思われたらどうしようかとも思った
人気者なら、そういう被害もあるかもしれない
「迷惑だなんて、思うわけ無いやろ」
忍足君は優しく笑って答えてくれた
「ここやとうるさいし、他で話さへん?」
「…え…?!」
途端に手を掴まれ、みるみるうちに教室から離れていく
不謹慎ながら、私はとてもドキドキした
このまま何処かに連れて行ってくれないだろうか
そんな事すら考えた
「ここがオレのお気に入りなんや」
カフェテラスの隅にある2人席
ちょうど通路やほかの席からは死角になる位置にそれはあった
☆ ☆ ☆
読書が好きな忍足君は、何時も雑音に邪魔されぬよう、ここに来る事が多いのだという
「今日はラッキーやった。きっとこの為に此処へは来ぃひんかったんやな」
その言葉の意味を探る事は怖くて出来なかった
私だって、傷つくのは怖いから
それから暫く、色々な話をした
趣味の事や、家族の事
短い時間ではあったけど、とても楽しかった
「あ、予鈴だ…」
午後の授業が間もなく開始する事を知らせるチャイム
私達はそれぞれの教室に戻らなければならない
「また、此処で会えへんかな?」
突然の申し出だった
しかし私は断る理由を見つけられない
「勿論」
何曜日にとか、何時にとか、そういった約束ではなかった
でも何となくそれで良かった
彼は自分のペースでそこへ足を運ぶ
私は、気が向けば覗きに行く
タイミングが合えば話せるのだから、それ以上良い事はないだろう
☆ ☆ ☆
「あ、いた」
そう言って顔を覗かせれば、気の抜けた微笑を返してくれる
此処でこうするのは、もう5・6回目くらいではないだろうか
今日までの間に本当に沢山の話をした
私がテニス部の存在を殆ど知らなかった事も、勇気を出して打ち明けた
それでも忍足君は、嫌な顔一つ見せなかった
ファンクラブなどというものも存在するらしい
「私…ファンクラブ入ろうかな」
ポツリと零した言葉に、彼は顔色を変えた
「え、何で…?」
何故か
答えはただ一つだった
忍足君の事が好きだったから
「…」
少しの間があった
そしてその後
「ファンクラブには規約があるんよ?」
私はそういったものに所属した事が無かったため、検討もつかなかった
「出し抜き禁止」
「つまり、恋人にはなれへんっちゅーことや」
顔に?を浮かべていた私に、彼は加えて言った
「それでも構へんの?」
「…っ」
私は言葉に詰まった
本当は
特別な関係になりたかった
でも、そんな事が許されるとは思えなかった
だから、公的に好きだと主張できるなら
ファンクラブという形も有りなのかと思った
「それは…分からない」
☆ ☆ ☆
私があの発言をして以来、忍足君とこのカフェテラスで会うことは無かった
教室まで押しかければ迷惑になる
それに、そもそも私がファンクラブに入るだどと言ったから
きっと彼は私が怖くなったのだ
だから遠ざけた
きっとそうに違いない
心の中で整理をつけようとすればする程、胸が苦しくなっていく
友達でも良いから、あんな風に会話していられたら
それだけで良かったのに
なんて馬鹿な事をしてしまったんだろう
後悔の念で頭がいっぱいになった
もういっそ、泣いてしまいたかった
泣いて、この恋は終わったのだと自分に言い聞かせたかった
☆ ☆ ☆
「おった…!良かった…」
突然、上の方から声がした
顔を上げると、頭上から覗き込んでいる人が見えた
それは紛れも無く、私が恋焦がれた人物、本人だった
彼は私の前の席に座った
以前と同じ位置
「もう会えないかと思った」
「スマン。それはオレが耐えられへん」
誤られる理由が解らなかった
私には、これ程までに嬉しい言葉は無いから
「今日、オレ誕生日なんよ」
彼がこちらを見つめる
それは友達から聞いていた
本人の口からは初めてだったけれど
プレゼントなどを用意する事もできずにいた情けない私
友達と呼ぶにも日が浅い
まだまだ知らない事が沢山ある
そんな相手からのプレゼントでは返しに困るだろう
何よりも、嫌われたと思っていたから
保守的な自分をこの日ほど呪った事は無い
「目、閉じて」
不意に近づく彼
息遣いさえも分かる程の距離
私の肩に
そして唇に
体温が触れる
気付いた時には視界が涙でぼやけていた
「オレの特別になって」
「君の特別になりたいんや」
「…ファンでなくて?」
嬉しさと緊張で声が震える
「オレは君と特別な関係になりたい。ファンは、一方的すぎるやろ?」
この時私は始めて理解した
人を愛することの喜びを
そして、その相手が忍足君で良かったと
☆ ☆ ☆
「授業後、2人きりでお祝いしようね」
「当たり前やんか。その為に予定何も入れとらん」
あなたが傍にいてくれたら、私にはきっと怖いものなんて無い
無限の可能性を私にくれた
あなたがいなければ、私の世界は終わってしまう
この先もずっとずっと
愛し続けるよ
生まれてきてくれて
本当に
ありがとう
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