2月26日
キラ事件捜査本部内に掛けられていた
カレンダーの日付を見て
総一郎は呆然としていた
その様子に気が付いた竜崎は
総一郎に問いかけた
「どうしたんですか?夜神さん」
後ろから顔を突き出してきた竜崎に
驚きつつも、総一郎は竜崎の問いに答えた
「明後日は大事な日でな。しかし、今年は忙しくて
何の準備もできていない・・・。どうしたものか・・・」
この日からして”明後日”とは
26日の2日後・・・
2月28日
即ちそれは月の誕生日を表す
以前、キラ容疑者を絞った時に
一通り目を通した資料に
月の誕生日も載っていた事から、
竜崎にも月の誕生日は知られていた
「・・・月君の誕生日ですね?」
「あぁ、そうなんだ」
そう答える総一郎の顔は困惑しながらも、
どこか愛おしそうな表情をしていた
「プレゼントを買いに行きたいのだが
今日か明日、1時間程仕事を抜けても
良いだろうか・・・?」
「はい、構いません。夜神さんはここの所、
ずっと此処にいましたし・・・。1時間と言わずに
もっと長い間でも結構ですよ」
火口が捕まってから、またすっかりキラの動向を
窺うことが難しくなっていまい、捜査は非常に
困難を極めていた
それに伴い、総一郎もほぼ家には
帰れない状態であった
それを察して、竜崎は1日とは言えないが
数時間の休息を総一郎に提供した
「本当に良いのか?」
「ええ、夕方までに帰って来てくだされば
結構ですので」
「恩に着る。竜崎」
総一郎が月へのプレゼントを買いに行っている間
捜査本部での話題も月の誕生日のこととなった
「そうか~、月君も明日で19歳なんですね~」
松田は嬉しそうにカレンダーを眺めていた
「松田さんは何か用意してあるんですか?」
「いえ、それが全く・・・」
松田は少々言い難そうに答えた
「そうですか。実は私もなんです。一体何を
すれば良いのか分からなくて・・・」
竜崎は定位置に座り、淹れたてのコーヒーに
手を伸ばしながら、言葉を発した
そう困った風にも見えないが、声のトーンは
何時もよりも低く、戸惑いが感じられた
「じゃあ、パーティーとかしてみたら
良いんじゃないか?」
ふと割って入るように相沢が提案した
「・・・パーティーですか?」
不思議そうな表情を見せる竜崎とは反対に
松田は相沢の意見に激しく賛成した
「それ良いですよ!絶対っ!!
パーティーやりましょうよ!!」
その松田の熱烈な視線に負け
竜崎もパーティーの意見に賛成する形となった
「そうですね。では当日はパーティーを
開きましょう。具体的には
何を準備すれば良いですか?」
「そうだな~・・・誕生日だし
やっぱりケーキとかが良いんじゃないですか?」
松田は暫く色々な案を頭に巡らせている様子だったが
1番パーティーに必要そうなものを提案した
「良いですね。ではケーキの用意は
ワタリに任せましょう」
竜崎はそう言うとすぐにモニター画面のうちの1つを
ワタリとの通信に切り替えた
「ワタリ、明後日の月君の誕生日にパーティーを
やりたいのですが、ケーキの準備を頼めますか?」
”W”の文字が大きく映し出された画面から
ワタリの快い返事が返ってきた
『はい、分かりました。すぐに手配致します。
その他にもパーティーに必要な物を用意
しておきましょうか?』
機転が利くワタリは要求された以上の事を
軽々とこなしてしまう
それが竜崎のワタリに対する信頼に繋がるのだろう
と、松田や相沢は思った
「そうですね。よろしくお願いします」
通信を終えると、竜崎は画面を元に戻した
「これでパーティーの準備は安心です。
当日、月君には捜査という名目で
来てもらうことにしましょう」
「そうですね」
心なしか楽しそうに松田と相沢は答えた
ワタリのお陰で捜査本部は綺麗に飾り付けられ
何時もの殺伐とした雰囲気から一転
すっかりパーティー仕様になっていた
総一郎の協力もあり、月はその日
キラ事件の捜査協力として捜査本部に
訪れることになっていた
そして指定された時間ぴったりに
月は捜査本部へやって来た
数々のセキュリティーを通過して
本部のメインゲートを開けた月を
出迎えに行ったのは勿論、竜崎だ
「月君、お待ちしていました。」
「珍しいな、竜崎が迎えてくれるなんて」
大抵、迎えがあるとすれば松田か総一郎で
竜崎が人を出迎えることなど皆無に等しい
「さぁどうぞ、中へ」
紳士に開けられた扉の向こう側の景色を見て
月は一瞬思考停止状態に陥った
しかし”Happy Birthday”と書かれた紙が
壁に貼られているのを見て自分の状況を把握した
「もしかして、僕を祝ってくれるために・・・?」
「そうです。お気に召して頂けましたか?月君」
まるでそれは社交パーティーでエスコートを
するかの如くに差し出された竜崎の手に
月は自分の手を重ね、微笑んだ
「あぁ、勿論」
「喜んで頂けて、嬉しいです」
月の返事を聞き、竜崎は目を細めて笑った
その場にいた他の人々も、とても
楽しそうにしていた
このキラ捜査本部内で、こんなにも
笑顔の絶えなかった日はこれが初めてだった
「では月君、これを貴方に。私達の気持です」
そういって差し出されたのは、ある式典で
用いられる様な大きさをした誕生日ケーキだった
「りゅ、竜崎・・・。気持ちは嬉しいが、これ・・・
食べきれるのか・・・?」
差し出されたケーキの
あまりの大きさに、月は唖然とした
「はい、大丈夫です。いざとなれば私が
残りを全部食べますから」
目を輝かせて言い切る竜崎に
思わず月は笑ってしまった
「そうだな、僕は竜崎をナメていたようだ」
その後、ケーキを皆で食べながら
暫くの間、談笑が続いた
そして日が陰ってきた頃、竜崎は
月を違う部屋へ呼び出した
「月君、今日は楽しんでいただけましたか?」
「うん、とても。こんなに楽しい誕生日は
久し振りだったよ」
月は全面ガラス張りになった窓の外を見つめた
「それなら良かったです」
竜崎も月と同じようにして窓の外を眺めた
「結局あのケーキ、殆ど竜崎が食べちゃったしな」
月は、ついさっきの出来事を思い出して
本当に可笑しそうに笑った
そんな月の様子を見て竜崎は1つの決心をした
「月君、聞いて下さい」
「何だ?竜崎、改まって・・・」
竜崎は月の目をしっかり見つめ
ゆっくりと話し出した
「月君、貴方はキラです。いや、正確にはキラだった。
だけど、貴方はその事を覚えていない。
私はそう考えています」
「ああ、」
月は下手に口を挟まず、竜崎の話に耳を傾けた
「キラは私の敵、絶対悪です。でも・・・・・」
「でも・・・?」
急に言葉に詰まった竜崎を気にする様に
月は竜崎の顔を覗き込んだ
「でも、私は月君の事が好きです。もし、この先
月君がキラの記憶を手放したままで良いのなら
これからもずっと一緒にいて頂けませんか?」
それは突然ずぎて月は少し戸惑った
「それはつまり、僕がキラに戻るのを
反対してるって事?あんなにも
捕まえたがってたのに・・・」
「はい、そうです」
竜崎の返事の後、暫く考えて月は次の言葉を出した
「今までの捜査を見て、竜崎の推理は正しいと思う。
だから多分僕がキラだった。だけど、僕ももう
キラには戻れない。第一、戻り方も分からないしね」
月の返事は嘘偽りの無いものだった
デスノートの記憶を失ってから竜崎と捜査を共に
やってきた月は、少々無理があるやり方とはいえ
竜崎の捜査方法に強い魅力を感じていた
「・・・じゃあ・・・」
「あぁ、でもちゃんと今までしてきた罪は
償わせてくれないか・・・?」
いくら今の自分がキラであった自覚が無かったとしても
犯したであろう罪を償わずに生きていくことは月に
とって、とても恐ろしいことだった
「そうですね。これからは私と共に事件を数多く
解決して下さい。そのことで沢山の命が
救われる筈です。それが月君の償いです」
竜崎は月の鋭い推理力と洞察力を有効に
使う方が、牢獄に入れるよりもよっぽど
世の中のためになると提案した
「本当にそれだけで良いのか・・・?」
しかし、大量殺人を犯してきた犯罪者が
牢獄に入れられないという事実に月は不安を感じた
「はい、十分です。月君は法で裁かれない罪人に苛立ちを
感じていたようですが、こういう方法もあるんですよ。
月君の様に頭の良い人間は、こっちの方が良いんです」
自分がキラとなろうとした根源を言われ、記憶が無いながらも
月は一瞬ヒヤッとする思いだったが、すぐに笑顔になった
「分かった。竜崎がそう言ってくれるなら、
これから沢山の事件を解決することで罪を償っていくよ。
これからもよろしくね・・・?」
「はい、こちらこそ」
硬く結ばれた手は何時までも離されること無く
赤々と燃える夕陽に照らされていた
そしてこの日こそが世界の名探偵Lと
夜神月との約束の日
犯罪の少ない世界への幕開けの日となったのだった
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